桃野雑派『老虎残夢』(講談社文庫)の感想になります。
※ネタバレを含みます※
桃野雑派『老虎残夢』(講談社文庫)
孤絶した孤島の楼閣で起きた殺人事件、集められた3人の武侠と弟子と義娘、それぞれの思惑が交差する中で犯された殺人の行方とは。
あらすじ
湖に浮かぶ孤島で、武術の達人・泰隆が遺体となって発見された。三人の武侠を招き、うち一人に「奥義」を授けるとしていた矢先のことだった。孤絶した楼閣は、特殊な武芸を身につけた彼らをもってしても侵入は不可能にみえる。泰隆の愛弟子・紫苑は、姉妹以上の絆で結ばれた恋華とともに、その謎に挑む!
『老虎残夢』(桃野 雑派)|講談社 から引用
デビュー作にしては小綺麗にまとまっていて、更にある程度のロジカルさと本格ものさながらの推理展開を最終盤では演出し、登場人物にも役割とキャラ立ちを持たせていたのはかなり好感触。孤島の楼閣での広義の密室殺人、そして百合要素、中国の歴史小説、武道の達人が行える人間の限界を超えた力を一部引き出せるという特殊設定で描かれる要素てんこ盛りミステリとして、全ての要素を少しずつ掛け合わせて活かし切った部分もかなり良かったですね。
終わり方に関しては少し物語の風呂敷的な部分の壮大さが出てきてしまい、広げられた個々の設定が全て合致して噛み合ってはいないし、紫苑と恋華の恋の行方などにも言及されていない分、少し消化不良感も感じてしまい、その点が結構残念でしたね。途中経過が良かっただけに終わり方が個人的な好みからは外れてしまいました。
舞台は南宋時代の中国、湖に浮かぶ楼閣という閉ざされた空間。そこで起こる武術の達人・泰隆の不可解な死を巡る物語は、いわゆる密室殺人の形式を取りながらも、「内功」「外功」といった武侠ならではの特殊設定を巧みに組み込み、独自のロジックを築き上げており、奇抜な設定に頼るのではなくミステリの根幹にまで落とし込んでいる点がとても印象的で「なるほど」と納得させられる場面が多かった。一方で謎解き自体にはやや粗さを感じる部分もあるが、それを補って余りある物語の後半のスケール感や情感の強さも面白さに反映されていたのかなと思いました。
物語は、師である泰隆が三人の武侠を招き、奥義を授けようとした矢先に命を落とすところから動き出し、愛弟子でありながら候補に選ばれなかった紫苑は、その理由に複雑な感情を抱きつつ、事件の真相を追うというお話。湖上の楼閣という孤立した舞台、しかも軽功によって水上移動すら可能な世界において「誰がどうやって犯行に及んだのか」という問いは一筋縄ではいかずに通常の密室トリックが通用しない環境だからこそ、登場人物それぞれの能力や限界が重要な意味を持ち、その検討が推理の軸になっている点が凝ったトリックのミステリよりも論理で解けるライトな謎解き要素としての側面を持っていて良かったです。
紫苑と恋華の百合要素自体はあくまでおまけ程度で主軸にはならないものの物語の中でも一つのピースとなっていたのが良かったですね。あくまで関係性レベルでライトな百合でしたが百合小説好きとしては関係性から押し計れる良さレベルのものでしたが、物語自体にも加味されていた点としては高評価です。
物語中盤以降では単なる殺人事件にとどまらず、時代背景である南宋の歴史や戦乱の影が浮かび上がっていき、泰隆が遺そうとしたものの奥にあった願いは個人の復讐や欲望を超えたよりスケールの大きな視点に立ったものまで繋がっていくのは中々大風呂敷で面白かったです。だからこそ事件の真相が明らかになったときの印象は単なる「解決」の爽快感ではなく、どこかやるせなさや切なさを伴っておりタイトルである「老虎残夢」が示す通り、過去に縛られながらも何かを託そうとした者の夢の残滓が印象的な結末として描かれていたのは物語として良かったが面白さとしては少しピンと来なかったですね。
総じて本作は特殊設定ミステリとしての挑戦、武侠小説としての躍動感、そして人間ドラマとしての情感が交錯し、読後には独特の余韻が広がっており、やや荒削りな部分を含めても「伸びしろ」と感じさせるだけの力強さがあったデビュー作だったと思います。
かなり本格ミステリ的な部分へのリスペクトを感じる描き方をなされていて、これがデビュー作かつ乱歩賞受賞作なので、他の作品も読みたくなりましたね。突出して衝撃を受けるほどの面白さはなかったものの上手に各要素を描き切った作品として良かったと思います。ミステリ好きの人で歴史小説に苦手意識がない人には是非読んでみてほしいですね、気になった方は是非本作も読んでみてください〜。
